さまざまな場面で医療化が進んでいる

人として何が良いのか

日常生活に限らず、医療化はさまざまな場面で進んでいます。

例えば、かつては親のしつけや教育の問題とされてきた「落ち着きのない子ども」、「子どもの成績不振」が、多動症、学習障害と呼ばれるようになってきました。また、生まれるときも、死ぬときも、かつては家族や地域がみていましたが、今はほとんどが医療現場でのことになっています。

ほかに、これまで周囲の期待通りに妊娠や出産をできなかった女性が、「本人が原因」であるかのように扱わ
れることがありました。しかし、「リスクが高い」とか「病気である」とされることで非難されにくくなり、医療者に守ってもらえるようになりました。

死についても、家族は最後までできる限りの医療を受けさせてあげれば、見捨てたという気持ちに苦しめられなくてすみます。

しかし、そうした医療化の結果、医療者任せの傾向が強くなったことも忘れてはなりません。意思決定を委ねることで、「人として何が良いのか」の判断まで任せてしまうとどうなるでしょう?

医療が、全てのリスクや病気を解決できるわけでもありません。それどころか、医療行為には必ずリスクが伴います。

子どもを産む場所、死を迎える場所としてどこが良いのかは、本人や家族がベネフィットとリスクについて「語り合う」ことで、初めてよりよい意思決定が可能になります。さまざまな選択肢を選べるように、支援していくことが求められています。

スポンサーリンク


  • このエントリーをはてなブックマークに追加