人前で話すのが怖い「あがり症」は治る病気

あがり症は性格のせいではなく社会不安症という病気

「6月に部下の結婚式で主賓としてあいさつしなければなりません。私はひどくあがりやすい性格で…前回のような大失態を二度とくり返したくないのです。あと2カ月しかありません。先生、助けてください」と切羽つまった様子で、阿部さん(仮名)が横浜上町クリニックに駆け込んできました。

なんでも「あがり症対策」でインターネット検索したところ、自分のような状態を「社会不安症」といって治療ができると書かれてあったため、藁にもすがる気持ちで受診したのだそうです。

「社会(社交)不安症」は、かつては「対人恐怖症」と呼ばれていました。平成7年に厚生労働省が疾病分類としてWHO(世界保健機関)の統計分類(ICD-10)を採用したことで、一般的にも用いられるようになりました。代表的な症状としては「赤面恐怖」「吃音恐怖」があります。

わかりやすくいえば「あがり症(性)」ということです。

人前で話をするときにあがってしまい、顔が真っ赤になったり、しどろもどろになったり、のどが渇いたり、動悸や異常な発汗、最悪の場合”頭が真っ白になって”何もいえなくなってしまう状態に陥ります。そして、そのような症状のせいで日常生活に支障がでてしまい、会社や学校を辞めてしまうケースもある病気なのです。

深刻度を増すと、うつ病などほかの精神疾患を併発する場合もあります。「あがり症は内気な性格のせい」と思っている人が多いでしょうが、そうではないのです。

苦い体験をきっかけに不安や恐怖に支配される

阿部さんは57歳の男性。会社役員という肩書きをもつようになってから、役員会や会議での発表、スピーチなど、大勢の前で発言する機会がふえてきました。「あがり症」の阿部さんにとっては、苦痛の連続で逃げ出したくなる場面が多々あったそうです。

そして昨年の秋、断りきれず、部下の結婚式で主賓のあいさつを引き受けることになってしまいました。不安と緊張で1カ月前から準備を始めた阿部さん。情報を集めるため、新郎新婦を自宅に招待したり、直属の上司に話を聞いたりしました。

また『結婚式でのスピーチ集』や『名言集』という本を買って、人生の門出にふさわしい人生訓を選んだりもしました。それらを紙にまとめて覚え、直前まで何度も暗唱の練習をくり返しました。

結婚式当日、主寅席に着くと不安な気持ちが異常に込み上げ、のどが渇いてきましたが、あいにく乾杯前でコップは空のまま。そして、司会者から名前を呼ばれた途端、緊張が頂点に達し、マイクの前でかたまってしまいました。

「○○君」と新郎の名前は出ましたが、新婦の名前が出てきません。言葉につまったまま、唸り声だけで何秒かたち、頭は真っ白になりました。やっとの想いで「ご、ご結婚お、おめでとうございます。ご、ご両家の皆さま お、おめでとうございます」とだけいい、逃げるように着席してしまいました。しばらく静かでしたが、誰かが拍手をしてくれたことで、皆さんからも拍手がおき、その場は終わりになりました。

新郎新婦、両家の皆さんに本当に申し訳ないことをしてしまった、役員としての面目も丸つぶれと、ひどく落ち込みました。

これが、阿部さんの語った「前回のような大失態」でした。以来、人前に立つとますます緊張し、話すことが怖くなってしまったのでした。

薬で緊張や不安を減らし、成功体験を重ねて克服する

クリニックの院長である山田先生は、「大変でしたね。あがり症は不安や恐怖の感情を生み出す”扁桃体(へんとうたい)”という脳の部位が、普通の人より過剰に反応することでおこる病気です。治りますから安心してください。今度はちゃんとスピーチできますよ」と話し、SSRI系の抗うつ薬フルボキサミンによる治療を始めました。

この薬は、平成17年に「社会不安症」に対して適応追加となったもので、強い緊張感や不安感を抑え、動惇や赤面、ふるえなどの身体症状をやわらげる効果があります。実際、服用した患者さんからも「恐怖感が少なくなった」「人前でも平静な気持ちになれた」などの感想が聞かれます。

副作用もほとんどなく、個人差はありますが数カ月程度で症状はほぼ治まります。阿部さんからも「役員会での報告もあがらずにできました」といった発言が徐々にふえてきました。こうした成功体験を味わうことができれば、しめたものです。少しずつでも重ねることで自信となり、あがり症の克服につながるのです。

治療を始めて2カ月後、結婚式を終えて最初の受診日です。「先生、ありがとうございました。きちんとあいさつできました。御両親からもとても感謝され、同僚からは名スピーチだったねといわれました。生まれて初めてです。自信が出てきて人生が変わった気がします」そう話す、阿部さんの晴れやかな笑顔に会えました。

そこで投薬はやめ、治療は終結としました。成功体験の新たな記憶が脳に刻み込まれ、”あがらないでできる”が身についたことで、基本的に社会不安症は再発しません。

あがり症は「治る病気」なのです。

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