ある日突然、電車に乗れなくなった

発作が突然おこるパニック症で、からだに異常はない

いつもと同じ朝、いつもの満員電車に揺られ、石田さん(仮名、53歳)は、勤務先に向かうはずでした。異変がおきたのは、車両に乗り込み、ドアが閉まったその瞬間でした。突然心臓がバクバクと飛び出す感じで脈打ち、締めつけられるような胸痛と息苦しさで意識が遠のくような感じに襲われたのです。

直感的にこのままでは「死んでしまう」と思った石田さんは、「苦しい」と叩きながら4人掛けボックスまで必死に進み、窓を開け、動き出した電車から飛び降りてしまったのでした。

駆けつけた救急車で救命センターに運ばれ、7~8人の医師や看護師に囲まれたとき、石田さんは「助かった」と心でつぶやきました。心臓発作をおこしたのだと思ったからです。ところが、最終的に救命センターの医師から告げられたのは、「心臓、肺、脳とも異常はありません。今日は帰って、休まれたらどうでしょう」という意外な診断でした。

翌日、大学病院の心臓病センターを受診し経緯を話したところ、さまざまな精密検査が行われ、心臓発作を抑えるニトログリセリンまで処方されました。しかし、1週間後に心臓病専門医からいわれたのも「心臓はとくに異常ありません」でした。そして「パニック症と思われます」と、心療内科か精神科の受診をすすめられたのでした。

ストレスとは関係なく発症する脳の機能障害の一つ

心臓病専門医が診断したとおり、石田さんは典型的なパニック症でした。不安や恐怖を感じたときに、突然、胸が締めつけられて息ができなくなったり、からだがまひしたように感じるなどの発作がおこる病気で「このまま
では死ぬかもしれない」というパニック状態に陥り、石田さんのように救急車を呼ぶケースも珍しくありません。

とくに電車の中など閉ざされた、逃げられない空間でパニック発作をおこした経験があると、そうした場所や状況にいることに不安や恐怖を感心て(空間恐怖という)避けるようになり、日常
生活に支障をきたす場合も出てきます。

パニック症は1980年に米国精神医学会の診断分類の中で取り上げられた新しい疾患概念で、それまでは、不安
神経症や心臓神経症といわれていました。

抗不安薬や精神療法よりも抗うつ薬のほうが有効であることと、人為的にパニック発作を誘発できることから、うつ病に近い脳機能障害であることがわかってきています。恐怖に反応する脳の扁桃体などが過剰に反応することで、からだに激しい症状がおこるのです。

ストレスなどとくに精神的誘因はなく、突然おこることが定義となっています。つまり、年齢い性別を問わず、
誰にでもおこりうる病気なのです。

うつ病を合併することも…。認知行動療法で恐怖を克服

石田さんは、2人の医師に心臓は異常なしといわれたとき、「そんなバカな」と心の中で強く思ったそうです。あの死にそうなまでの苦しい、心臓発作が気のせいだなんて、にげかには信じ難かったからです。

あの朝の恐怖感は鮮明に記憶されていて、自宅でも「まだあのような心臓発作がおきるのでは」という恐怖(これを予期不安という)にさいなまれ、閉所や乗り物が怖く感じられるようになってしまいました。

やがて外出そのものが怖くなり、会社にも行げなくなりました。

石田さんは家に引きこもりがちになり、うつ状態になっていったため、家族が心配し、横浜尾上町クリニックに連れて来たのでした。

パニック症の治療は、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)などの抗うつ薬治療と、認知行動療法が中心
になります。まず、塩酸セルトラリンとロフラゼプ酸エチル、不安時頓服用(不安が強いときにのむ薬)としてロラゼパムを2週間分処方しました。

そして、パニック症は心ではなく脳の病気であること、発作は苦しい症状だが命にかかわるものではないことを話すと、石田さんはホッとされたようでした。電車に乗るという恐怖に対しても、逃げないで少しずつチャレンジし、不安を克服していくという「認知行動療法」を受け入れ、やる気をみせてくれました。

完治は難しいが、日常生活は取り戻せる

治療を始めて最初の2週間で、気分はだいぶラクになり、会社にも行けるようになったと報告がありました。が、通勤は大変なようでした。人混みという恐怖を感じないよう、すいている始発の普通電車を乗り継ぎ、帰りはグリーン車で座って、どうにか通勤しているとのことでした。

空間恐怖のため、映画館や理髪店、歯科医院には行けなくなり、MRI検査もあの狭い機器の中には入れなくなりました。自動車の運転は何とかできましたが、渋滞や信号待ちにすごく恐怖を感じるそうです。

薬物治療と認知行動療法をつづけ、半年ほど経過したところで、帰りはグリーン車でなくても大丈夫になってきました。完治とはいえませんが、大きな前進です。克服が自信となり、徐々に恐怖を感じる空間は減少し、QOL(生活の質)も向上しっつあります。

パニック症は、残念ながら不安が完全に消えることはなく、完治は難しいですが、普通の生活を送るまで改善することは可能です。時間はかかりますが、石田さんにも再び、いつもの朝がやってくることでしょう。

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