重病に違いないと強く思ってしまう「心気症」

病気に過度の不安を抱き、「異常なし」が受け入れられない

年を重ねれば、からだのあちらこちらに不調は出てくるものです。健診でひっかかったり、何か異常を感じれば、「命にかかわる病気かも」と心配にもなるでしょう。でも病院を受診し、検査画像を見ながら「異常ありませんよ」と診断されれば、ひと安心するのが一般的です。

ところが、そう簡単には安心、納得できない人がいます。「自分は重篤な病気に違いない」という強い不安にとらわれ、検査で異常がなくても「先生が発見できないだけ」と思い込んで、次から次へと病院を替え、診断を求める”はしご受診”をくり返してしまうのです。

身体的に問題はないけれど、必要以上に病気にとらわれてしまう、こうした状態を「心気症」(病気不安症)といいます。病気や死への不安などが招く、不安症の一つです。

心の病気とは思わず、何年も悩みつづける人が多く、日常生活に支障をきたす人もみられます。奥さんに連れられて横浜の心療内科クリニックを訪れた村井さんも、その一人でした。

不調が不調を招き次々と病名、薬がふえていく

村井さんは58歳。糖尿病と高血圧の持病があった父親を脳梗塞で、母親を胃がんで亡くしていて、健康には気を使っていました。50代になって、糖尿病と脂質異常症、本態性高血圧症を指摘されてからは、さらに体調や健康に注意するようになり、糖質制限と減塩食に徹し、スポーツジムにも通いはじめました。血圧計と血糖値測定器を購入し、毎日朝と夜にチェックして手帳に記録していました。

昨年のある朝、突然、強いめまいと吐きけを覚え、血圧も186/104mmHgといつもより高くなって、強い不安に襲われたそうです。会社を休んでかかりつけ医を受診し、そのまま総合病院の脳神経外科へ救急受診しました。

脳のMRI検査で「脳動脈硬化、小脳梗塞」を指摘されましたが、それほど心配はないとの診断で、薬が処方されました。

ところが、その後も血圧は不安定で、めまいや耳鳴り、頭痛がするようになりました。村井さんは一日中血圧が気になり、仕事にも身が入りません。さらに脳梗塞は深夜におきやすいことを知り、不安で寝つけなくなりました。かかりつけ医に相談し、今度は大学病院の循環器内科で、さまざまな検査をしましたが、本態性高血圧症以外の病気はないとの結論でした。

その後、会社の定期健診で高血圧症、糖尿病以外に、不整脈と狭心症の疑いを指摘され、村井さんの不安には「心筋梗塞」も加わることになりました。すぐに総合病院の循環器内科で心臓カテーテル検査を受けたのですが、ここでもあまり心配しなくてよいという結論でした。

それでも村井さんは、かかりつけ医、脳神経外科、循環器内科をそれぞれ月に2~3回受診し、毎日服用する薬は20錠を超える事態になっていました。

心気症は抗うつ薬で治療できる。不安が解消すれば不調も改善

症状に対する不安が尋常でないと感じ、村井さんのかかりつけ医がすすめたのが精神科、または心療内科への受診でした。ただし、村井さんが心療内科のところへ来たのは、それから2カ月後のこと。心気症の人は、身体的な病気にばかりとらわれているので、心の病気は受け入れようとしない傾向があります。

「先生、私の病気は精神的なものではありません。本当に脳梗塞や狭心症があって、いつ死んでしまうかわからない状態なのです。息子は二人とも自立していませんし、まだまだ死ぬわけにはいかないのです」と、村井さんは少し怒った様子でした。

心療内科医はまず「よくおいでいただきました」と話しかけ、奥さんから長い経過を伺いました。そして「心気症」と診断しました。発症原因はいろいろありますが、村井さんの場合、まじめで少し神経質、心配性な性格と、ご両親の病歴を背景とした”病気への不安と健康への執着”が、引き金になったと考えられました。

心療内科医の診断に二人は「シンキショウ?」と怪訝(けげん)な顔をされました。

「確かに本態性高血圧症や糖尿病、脂質異常症、不整脈はありますが、MRI写真や血管造影写真などを見る限り、病変は軽微です。食事制限も運動もされ、飲酒やタバコの習慣もありませんね。拡張期血圧は90mmHg台ですし、血糖値もよくコントロールされていますから、身体的にはこれで大丈夫です。長生きできますよ。ただ問題は、必要以上に病気にとらわれているという点です。その状態を”心気症”といい、心の病気の一つです。SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)という不安に対する治療薬で治りますよ」と説明しました。

村井さんは、奥さんの説得もあり、しぶしぶでしたが薬物治療を開始しました。すると、徐々に病気不安は消え、1カ月もすると血圧も安定してきました。めまいや頭痛、動悸、胸痛、息苦しさなど日々不安をもたらしていた症状もほとんど出なくなりました。

心気症の場合、こうした不調症状は交感神経が優位に働くことでおきています。不安を強く感じると、脳が指令を出すわけです。一種の防衛反応といえます。ですから、誘因の不安がなくなれば、これらの不調症状も出なくなるのです。

最終的に、村井さんが1日にのむ薬も10錠以下に軽減することができました。「何ごとも”過ぎたるはなお及ばざるがごとし”ですね」そうつぶやく村井さんの言葉を聞き、治療は終結となりました。

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